プロジェクトプランナー 真壁智治をモデレーターとし、第一線で活躍する建築家をゲストに招き、現代における住宅計画の"研究"と"設計"の両面から討議します。

第5ターム
“場所性”と“形式性”の間で(3/3)
木下庸子×乾久美子×真壁智治
第5ターム
“場所性”と“形式性”の間で(2/3)
木下庸子×乾久美子×真壁智治
第5ターム
“場所性”と“形式性”の間で(1/3)
木下庸子×乾久美子×真壁智治
第4ターム
集まって住むことの新しいかたち(3/3)
西田司×中川エリカ×篠原聡子×真壁智治
第4ターム
集まって住むことの新しいかたち(2/3)
西田司×中川エリカ×篠原聡子×真壁智治
第4ターム
集まって住むことの新しいかたち(1/3)
西田司×中川エリカ×篠原聡子×真壁智治
第3ターム
2010年、建築家が考える「エコハウス」(3/3)
竹内昌義×難波和彦×真壁智治
第3ターム
2010年、建築家が考える「エコハウス」(2/3)
竹内昌義×難波和彦×真壁智治
第3ターム
2010年、建築家が考える「エコハウス」(1/3)
竹内昌義×難波和彦×真壁智治
第1・2ターム総括(後半)研究と設計の距離
真壁智治
第1・2ターム総括(前半)研究と設計の距離
真壁智治
Vol.11〜16
第2ターム
小泉雅生×高橋晶子×真壁智治
▼
Vol.0〜10
第1ターム
難波和彦×篠原聡子×真壁智治
▼
家の知/討議 vol.14第2ターム
求められる成長型スタンダード
高橋晶子×小泉雅生×真壁智治
体系化の硬直を打破するために
真壁:
今回はお二人の実作の話も挟みながら、“設計”と“研究”について議論を拡げることができればと思います。まず、小泉さんが設計されてきた学校や住宅から話を展開させていただきます。僕がこれまで小泉さんの作品を見てきて思うのは、居場所というか、人間同士の関係を創出するような設計の視点というものが、全体に一貫しているということです。もちろん、シーラカンスとして小嶋一浩さんたちと共にアクティビティといったことについて、大いに議論と実践を重ねてきたことが根底にあるとは思いますが。

埼玉県戸田市に建つ<戸田市立芦原小学校>は2005年竣工。敷地面積14,582平米、建築面積5,238.78平米。(提供=小泉アトリエ)
小泉:例えば、ヘルマン・ヘルツベルハーが学校を設計していますが、すごく丁寧に行動との対応関係を考えた質の高いデザインを展開しています。その考え方はよく分かるのですが、少し利用者に対して押しつけがましく感じる部分もあったのです。そこで、<戸田市立芦原小学校>のときには等差数列にオートマチックに空間の大きさを設定して、あとは利用者に委ねるといったスタンスをとりました。

<戸田市立芦原小学校>の教室のプランは、等間隔に並ぶ教室スペース(左図下半分)とある幾何級数が与えられることで生まれる大小さまざまなスペースの連なり(左図上半分)を組み合わせて構成し、それらが折れ曲がることで全体のプラン(右図)を形成している。(提供=小泉アトリエ)
真壁:僕がすごく面白かったのは、<戸田市立芦原小学校>を見たとき、まさに住宅的な建ち方だなと思ったのです。原則、学校というものは、パブリックしかないものだったのですが、<戸田市立芦原小学校>にはパブリックとプライベートなものが仕分けられ、存在している。そういう個人という領域をも生み得るような仕組みづくりが色濃い。それが住宅的だと思ったのですね。

左写真:3階クラスルーム内観。 右写真:2階メディアマーケット内観。(提供=小泉アトリエ)
高橋:一般的に住宅と学校が「違う」と思われているのは、学校に包含される機能のセットが制度的に決定していると、盲目的に認めてしまうからだと思います。違うことが行われる場所と捉えると、住宅と学校を一種対立的なもののように捉えてしまう。けれども、人間がかなりの長い時間を過ごすということについては、とても共通しているのです。
小泉:
そうですね。そして、学校が住宅のようであるという一方で、住宅ではないというところもある。だから、住宅的な要素を学校の中に持ち込むだけでは、“ままごとハウス”になってしまう。そうではなくて、学校的なスペースと住宅的なスペースが、本当に重なり合い、相互作用を生みだすという状態にしなくてはいけないのです。
真壁:
例えば、ただ教室に何か遊具を持ち込んだような状態になると、それはアウトなわけですね。つまり学校で学べること、家で学べることが両方包含されていたり、家が担保していたものも学校の中に入れ込まれるということがポイントです。そういうことも含めて、どこかの時点で、従来の計画学的な学校建築というものが風化してしまっていたわけですか。
高橋:何もないところに体系をつくり上げるということは生産的ですね。でも、いったんそれが制度になると硬直化が始まるから、それらをどのように見直し、更新し、豊かにしていくかが大変です。
学校の教室を例にとると、学校教育の基本理念と授業等の学校生活が実現する場所として、身体スケールや自然環境などを総合化した成果が法制化され、具体的な場所として定着された。だけど、理念やプライオリティを伝えるというより公平・平等性が先に立って、判で押したように形がくり返されていくので、その時々の子供たちにとって何がベストかということが、だんだん分からなくなってくると思うのです。
今はそのことにみんな気付いていて、じゃあどうするべきかという話になっていますよね。具体的な実践の場で、どこまでをどのように緩めたり、変えていった方がいいのか。その案配みたいなものをどう決定していくかということが、設計していて悩むところです。
小泉:
でも、これは最も難しいことでもあります。例えば、体育館のようなスペースを提供して自由に使ってくださいと言っても、自由で可能性に満ちた使われ方になるとは限らない。だから、どの程度「計画」をするのか、ということに対する明確な自分自身の基準があるわけではなく、ケース・バイ・ケースという言い方になってしまうのですが…。

<岐阜県営住宅ハイタウン北方・高橋棟>外観。老朽化した県営住宅の建て替え。コーディネーターの磯崎新氏のもと、高橋晶子、クリスティン・ホーリィ、エリザベス・ディラー、妹島和世の4人の女性建築家が各棟を分担して設計計画を行った。(提供=ワークステーション)
高橋:そうですね。私が設計をした<岐阜県営住宅ハイタウン北方・高橋棟>は、その案配を意識して設計したものです。“部屋”と“廊下”の組み合わせではなく、がらんどうの空間を可動の家具や間仕切りを使って柔らかく分節しました。プライバシーを壁で確保するという従来の住戸タイプとは違い、気配が感じられるものです。結果として、農家や町屋に見られる住戸プランに近いものになっています。

写真左:2DK型プランの内観。 写真右:3DK型プランの内観。(提供=ワークステーション)
真壁:
全体が畳でつくられているのですね。
高橋:
当時の「公営住宅法」の中に、必ず1室畳の部屋を設ける規定があったのです。1室だけ畳にして、そこだけ特殊になるのがいやだったので、室の床は基本的に畳にして、それ全体を分割した方がいいのではという提案をしました。左の写真は2DK型プランの全景です。手前から、ダイニングキッチン、「コート」と名付けた黒い床の土間的空間、そして畳の部屋が短冊状に並びます(図面左)。もう一つの3DK型プラン(図面右)では、畳の部屋が3つまとまって田の字になっています。

左図:2DK型プラン。 右図:3DK型プラン。(提供=ワークステーション)
真壁:
これはどちらの部屋も使いやすそうですね。いろんなタイプの住人が使い回しやすいように感じます。
高橋:
特に年配の方は、いろいろ使い回してくださっているようです。この建物がある場所は岐阜県のなかでいわゆる都市部ではなく、個室ベースの近代的な設えには慣れていない方が多いと感じました。そのこともあってこのような住戸にしたんです。私は“風呂敷タイプ”と呼んでいたのですが、洋服のように型があるものに人が入るのではなく、人が形を決める着物みたいに住戸自体がなればいいなと考えていました。

写真左:3DK型プランに設けられた玄関と連続する土間空間。 写真右:廊下共用部。(提供=ワークステーション)
高橋:
北側の片廊下から住戸へのアクセスについても新しい試みにトライしています。普通の集合住宅ですと南側が明るく、北側は暗いのですが、明るさが全体に生まれるようにしました。北側の廊下に面する壁面全体を半透明のガラスにして、居室と廊下の間にバッファゾーンとなる土間をつくりました。
真壁:
当時、このような試みをよく実現することができましたね。この玄関を入った廊下のような、土間のようなスペースが実にいいですね。とてもいいアイデアだと思います。
高橋:
竣工後この集合住宅の住まい方調査をしたのですが、この土間はさまざまなことに使われていました。特にここでミシンをかけていらした方が印象的でした。
