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FEBRUARY 2012

プロジェクトプランナー 真壁智治をモデレーターとし、第一線で活躍する建築家をゲストに招き、現代における住宅計画の"研究"と"設計"の両面から討議します。


  • Vol.11〜16
    第2ターム
    小泉雅生×高橋晶子×真壁智治


  • Vol.0〜10
    第1ターム
    難波和彦×篠原聡子×真壁智治

家の知/討議 vol.12第2ターム

「個」の自立/「住宅オリエンテッド」

高橋晶子×小泉雅生×真壁智治

リノベーション、歴史の層をどう扱うか

真壁: 先日、若手建築家の河内一泰さんの自宅兼事務所「KCH」(2009年)を訪ねることがありました。場所は雑司ヶ谷、中古戸建てをリノベーションされたものです。リノベーションですから、先ほど高橋さんがおっしゃられていたように、現場へ入り解体していくとどんどん新しい問題にぶつかるのですね。それらを良い意味で行き当たりばったりで解決していくのだけど、その時、こういうリノベーションのようなものこそ“学”=学問にならないかと強く思ったのです。ストックを生かすということもありますが、まず客体である家というものに感情移入をしないで診断をして、あるゴールにたどり着くメソドロシーを描くことはできないのかと。
街のようなものでしょうか。スケルトンとインフィルという構造区分認識だけでは、中古住宅のリノベーションはデザインもからめると決してうまくいかない。つまり、そんなに単純ではないわけです。変化させるものと変化させないもの、取り替えるものと取り替えないもの、抜き取るものと加えるもの。何よりも「活かすもの」と「殺すもの」を特定しなければプログラムが組めない。事前にプログラムがあって対処するのではなく、対処しながらプログラムを工夫していくことになるのが、住宅のリノベーションですからね。

写真:小泉雅生 小泉: 例えば、最近「スポーツ」を“学”として分析していこうという動きがありますよね。でもスポーツはやはり、最後の最後はどこかで共有できない個人的な感覚でしか語れない。だから、奥義みたいな神秘でミステリアスな部分で終わっちゃうのではないか。もうひとつ似たような例でいうと、料理という分野があります。これも学問になるか微妙なところだと思うのです。

真壁: 料理ですか?

小泉: 料理も色んな素材をその都度状況に応じて組み合わせていく。けっこう条件反射みたいなところがあるじゃないですか。

高橋: ありますよね。料理は“道(ドウ)”ですものね。

小泉: そう、料理は学問とまではいかなくても、“道”にはなっている。そうすると同じように、リノベーションのようなストックを生かしていく建築も、“学”にはならなくても“道”くらいにはまとめられる気がしているんです。

高橋: “道”といっても、日本の言葉の“道”という定義でいうと、何か行き着くところがないようにも感じます。

写真:高橋晶子 小泉: そうですね。精神性のようなもので煙に巻いてはいけない。だから、“道”という定義を、整理して体系化していくようなものだとすれば、僕はリノベーションを“道”として位置づけていけるんじゃないかという気がしています。

真壁: 例えば、難波和彦さんが『建築の四層構造』ということをおっしっています。四層というのは、“物理的側面”、“エネルギー的側面”、“機能的側面”、それから“記号的側面”です。ここにリノベーションというものを当てはめてみると、何かこれともう一つ違う層があるのではないかと。

小泉: それはやはり“時間的側面”だと思うんですよね。

真壁: なるほどね。

小泉: だからストック活用と言ったときに物理的なものだけではなく、そのコンテクストも含めた、歴史の層みたいなものをどう取り扱うかということが重要になってくる。

真壁: それと、恐らくリノベーションの中には、住まい手がその作業の中にかかわり入っていくような、自主性、主体性の部分もある。そういうものを含めてストックとリノベーションとの全体像を描くということは、すごく研究としてあるべきではないかと思います。

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